スポンサーサイト

2016.01.17 Sunday

一定期間更新がないため広告を表示しています


  • -
  • -
  • -

『1000の風』その後

2014.05.07 Wednesday

GW中は過去のブログに人が集まってくれたようだ。
5月2日の忌野さんの命日には『忌野清志郎さん、』という日記。
5月3日には『日本国憲法 前文』という日記。
(いつのまにか驚くべき数の人が「いいね!」を押してくれている)
『前文』はたぶんこの一年間くらいの数字じゃないかと思うのだけど、ザ・モッズの『森山達也のために』の日記への反応はわずか数日間のことだったのでびっくりした。

そして『1000の風』の連載もたくさん読んでくれた。2010年の9月まで25回の連載をしたけど、その後は(新井さんからの連絡もないし)中断したままになっている。
人を集めた理由がなにかあったのだろうか?

実は3か月ほど前に『1000の風』は第2版が出た。初版は21刷まで出て、今回は出版社の都合でカバーに四角い穴があいていない体裁になっている。

      1ooo-2*.jpg
    
中身は変わっていない。
2010年に『千の風になって 紙袋に書かれた詩』(ポプラ社)という本が出て、エリザベス・フライという女性がこの詩の原作者であると断定されていた。イスラエル在住の著者井上文勝さんが来日されたので2回お会いした。
どんな話をしたのか詳細を書くのは避けるけど、ぼくの本『1000の風』はこれまで通り「原作者不明」のままで続けることにしたので、第2版も変わっていない。
 keisen.jpg

『千の風になって』の歌

2010.09.16 Thursday

昨夜からこのブログへのアクセスが激増している。
この3月に一日13万近いアクセスがあったりしたけど、あの時期に迫るような数の人たちが「1000の風」の連載日記を読みにきてくれている。
どうやら夕べテレビで『千の風になって』の歌が放送されたらしい。それを見た心ある人たちが、ぼくのブログについてtwitterでささやき続けてくれているようだ。

「1000の風」の連載日記はもう何か月も書いてなかった。
自分のホームページで反論すると言っていた新井満さんの反論は、まだない。twitter上での対談の呼びかけにも回答がない。
新井さんの近況などについていろいろと興味ぶかい話も聞いたけど、書かないようにしてきた。真偽があいまいな話を書いてしまって、これまでの連載に書いてきたこと全体への信頼を損ねるようなことはしたくなかったからね。

『千の風になって』という歌については、これまで日記でふれたことがない。
秋川さんという人が歌っているとは知っていたが、ちゃんと聞いたことがないし、知らない歌だからだ。テレビで流れてきそうになったら、すぐにチャンネルを変えてきた。
連載を読んでくれていた人なら、ぼくのそんな気持ちがわかってくれると思う。

    tegami**.jpg

写真は、3年前新井さんが送ってきた『千の風になって』のCDブックと、添えられていた手紙。これが届いた数日後に彼はわが家にきて、謝って帰った。
ぼくが彼の『千の風になって』を読んだのは、あのときがはじめてだった。
本の中ではぼくの『1000の風』も紹介されていた。でも短い紹介文の中にあきらかな事実誤認も書かれていたし(一応こうやってアリバイ作りはしていたんだ)というのが、読んだときの感想だった。本をぼくに送ってきたのは、出版してから3年半もたってからだったしね。
ご覧の通り、CDが入った袋はいまだに封を開けていない。
歌を聴こうなんて気分にはとてもなれないのだ。

『千の風になって』の歌は『哀しみのソレアード』という外国の歌によく似ている、という情報も複数寄せられていた。でも肝心の『千の風』をよく知らないのだから、比較判断もできない。
昨日今日と、歌がきっかけでブログに多くの人が訪ねてくれているので、教わっていた『哀しみのソレアード』のYouTubeを見てきた。
とても美しい歌だった。
ぼくには何もわからないが、似てようと似てまいと、いい歌なので楽しんでください。




                               (続く)

・・・・・・・・・・・・・・

お知らせ


ジョン・レノン 1969年の日記(8/24)に追記をしました。




 keisen.jpg





返事あり

2010.06.23 Wednesday

先週、ノー・リプライという日記で学校図書社から返事がもらえないことを書きましたが、今日同社からメールが届きました。
現在の本は「見本本」という段階だそうで、これから文部省に申請し必要な訂正を行ない、来年の3月から4月にかけて「供給本」が作られるとか。
「見本本」はまだ一般には見せられないのだそうです。
返事が遅れたことについてもていねいなお詫びがありました。

     gakuajisai*.jpg

写真は今日、庭で雨に打たれていた額紫陽花(ガクアジサイ)。
日本原産の花で、よく知られる球状の紫陽花はこれを品種改良したもの。
ぼくはこのオリジナル紫陽花がいちばん好きだ。


                      (続く)




ノー・リプライ

2010.06.17 Thursday

『1000の風』のその後を気にかけてくださっている方たちへ。
『1000の風』と『千の風になって』 8(1月29日)の最後にぼくはこう書きました。
「何が起きようと(何も起きなくても)このブログですべて報告します」

というわけで今日の日記は「何も起きていない」ことの、ご報告です :-)
「自分のホームページで反論する」と語っていた新井満さんの反論は、まだどこにも見つけられません。タンゴはひとりじゃ踊れない(4月24日)でTwitter上での対談を申し込みましたが、その返事もありません。

「約束を守っていない」新井さんが小学校の教科書に載っている、との情報で版元の学校図書社のホームページにある「お問い合わせ」のページから「読ませてください」とていねいにお願いをしたのですが、なぜかこの出版社からも何の返事もありません。
教科書は一度採用されたら何年にもわたって継続使用されると聞いています。あの新井さんが数多くの小学生たちに「いのちについて」何を語っているのか読みたかったのに。

返事なし、返事なし :-)

          no reply.jpg

こんなことは前にも一度起きた
家まで訪ねていったのに
返事がない
家にはいないって言われたけど
君が窓からこっちをのぞいていたのが見えたんだ

ビートルズ『ノー・リプライ』


写真は『ノー・リプライ』のジャケット写真。
ネット上で拾ったので、撮影者はわからない。
ビートルズの日本盤シングルジャケットのデザインは、どれも秀逸だったね。


                     (続く)





『山古志村ふたたび』と千の風基金

2010.05.21 Friday

2001年にこの森に入って以来、理由があって出版の仕事はほとんどしていない。昨年New Greeting Books のサイトを開くまで8年間、本作りからは遠ざかっていた。
『山古志村ふたたび』は、そんな時期に関わった数少ない本のひとつだ。
新潟地震の直後に声がかかった。山古志を20年間撮り続けた写真家が復興支援のためなら無償で写真を提供するという話があり、立ち上がりには出版社も印刷所も無償で協力するという話だった。震災報道で山古志という不思議なコミュニティに興味をもっていたぼくは、即刻ボランティア参加を承諾した。

編集者やデザイナーとともにすぐに長岡市に向かった。
中篠均紀さんの写真は素晴しく美しかった。避難所の山古志村民の人たちとも会って話をした。何百年もかけて作った棚田が破壊されましたね、と聞くと、
「これから何百年もかけて作り直せばいいんですよ」
と笑って答えるような不思議な魅力をたたえた人たちだった。

この本にぼくは「祈りのことば」を書くことにした。

 雲の中の村に
 新しい光がさしますように。

 勝者も敗者もない。
 世界にもまれな「勝ち負けのない闘牛」を
 何百年も楽しんできた村に
 あの陽気な歓声が
 ふたたび帰ってきますように。

 肥沃な土地が生き延びていますように。

などなど。
本を黙読するだけで頭の中で祈りを唱えられるような本にしたかった。お金を集めるだけじゃなく、日本中から祈りも集めたかったのだ。美しい写真集ができた。

   

同じ新潟地震のために新井満さんが「千の風基金」というチャリティをやっていることは知っていた。わが家にきたとき熱心に説明してくれたからだ。
説明のあと、実はぼくも『山古志村ふたたび』という本を作ったということ、最初の一年で2000万円を村に寄付できたことを話した。
新井さんは千の風基金の話をやめて、なぜか彼が新潟での少年時代いかに貧しくて病弱だったかという話を始めてくれた。
新井さんが「千の風基金」に480万円寄付されたことは、あとで報道で知った。

誤解してほしくないのだけど、ぼくは寄付金額の多寡を言いたいわけじゃない。
自分がやったボランティアや寄付行為について声高に語るのは、あまりかっこいいことではないと思っている。千の風基金について話すと当然山古志村の話を書きたくなるだろうから、この連載を始めて半年間、千の風基金についてはふれないようにしてきた。
ところがネット上で「南風椎が新井さんの千の風基金について書いてないのはおかしい」という批判があることを知ったので、ここに書いておくことにした。
批判していた方にわかってもらえるといいけど。


                      (続く)








喧嘩両成敗

2010.05.18 Tuesday

『1000の風』についての日記を書きはじめてから、実に多くの助言が届いた。
「訴訟しなさい」「訴えるべきだ」「いい弁護士を紹介します」
そんなふうな助言がものすごく多かった。ぼくのことを心配してくれてのことだろうし、ありがたかったのだが、とても困惑もした。
知らないうちに日本社会ってこうなっちゃったんだという思い、少し昔のアメリカ社会のようになってきたんだ、という思いだった。
どんな社会かというと。
ひとりが牛の頭をひっぱり、ひとりが牛のしっぽをひっぱり、真ん中で弁護士が牛の乳をしぼっているという奇妙な光景が、そこら中で展開されている社会だ。

ぼくは「喧嘩両成敗」という考えを支持している。
世界に誇れる日本思想のひとつである、とまで考えている。
「喧嘩両成敗」とは何か、には諸説あるが、ぼくはこう解釈している。

「大の大人が小さなトラブルを抱えて、自分たちの話し合いでは解決できず、事情もよく知らない第三者のところにもちこんで裁定を頼むなんて、情けない。そんなふたりは成熟した大人とは言えない。そんなふたりは、どっちも悪い」

喧嘩両成敗を信じるぼくは『1000の風』問題でも一貫して話し合いによる解決を望んできた。新井満さんとは3年前にようやく話し合いが実現した。
このサンルームに彼がやってきて、ぼくの知人も同席するこのテーブルに両手をついて新井さんは謝った。そして、
「南風椎の本がなければ自分があの詩に出会うことはなかったし、本も歌も作れなかった。これからは取材のときも講演でもそのことをかならず最初に言います」
と約束したので「あなたを許します」と、ぼくは彼を許した。
成熟した大人として、いい解決ができたと思った。

問題はその後彼が約束をちっとも守っていないことが、わかってきたのだ。
約束を守っていないということはあのときの謝罪も、その場しのぎの口先だけのものだったに違いない。
昨年11月にこの不連続連載を始めて、ことの経緯を公にしてきたのは、そのためだった。
3月にはテレビ番組で約束を守っていない新井さんの姿を自分の目で確認し「恥知らず、としか言いようがない」とtwitterでつぶやいた。
最近では、来年から使われる小学校の国語教科書に「約束を守っていない」新井さんが出ている、と匿名の方がコメントをくれた
情報をありがとうございます。
版元の「学校図書社」に問い合わせて、読ませてもらおうと思っています。


今日の図版は、The Magazine of ART(1885) より。
喧嘩両成敗なんて題の日記に何の絵を使おう、と思いながらそばにあった昔の分厚いアート雑誌をバサリと開いたら、そのページにこの版画が現れた。
そんなことって、よくあるよね :-)


                       (続く)







『シリウスの道』

2010.05.15 Saturday

『1000の風』と『千の風になって』 2で藤原伊織さんのことを書いたとき、kahoruさんという方からコメントをいただき、いくつかのやりとりをした。藤原作品の愛読者であるというkahoruさんはこんなコメントを書いていた。

「『シリウスの道』での個人攻撃には、正直、やや引いていたところもあったのですが、これでようやくナゾも解けたというか-----、そんなことがあったのですね。
恨みもあったと思いますが、今回、南風さんがはらしてくださったのではないでしょうか?」

藤原伊織さんは2002年の秋に電通を退職し、2003年から2004年にかけて『シリウスの道』を週刊文春に連載し、2005年に単行本化して、2007年に亡くなった。
ぼくは読んでなかったので、今回はじめて単行本(文藝春秋)で読んだ。

舞台は電通をモデルにした広告代理店。藤原さんの分身と思われる大阪出身の広告マン、辰村が主人公だ。同じ代理店の社員で、曽我部というイベントプロデューサーも登場する。曽我部は著書をたくさん持ち、多くの講演をこなしている人物だ。
あるシーンがぼくには印象的だった。
会社のエレベーターホールで辰村は、両手をポケットに入れた曽我部と一緒になって、会話をかわす。そしてふたりきりでエレベーターに乗り込んだとき、辰村は曽我部と同じように両手をポケットに入れる。「手をだしていると殴りたい衝動を抑える苦労が予想されたためだ」

あの温和な藤原さんが、こんな烈しい怒りをもつことがあるのかと驚いた。
そして「両手をポケットに入れたイベントプロデューサー」という描写を読んで、一枚の写真を思い出した。

    

ぼくの『アートワークス』の創刊記念パーティでのスナップ。
左から新井満さん、福武書店(当時)のNさん、藤原伊織さん。
まだ芥川賞作家、直木賞作家になる以前のふたりが写っている。

『シリウスの道』は藤原さんらしく切れ味のいい文体の、面白い企業小説だった。それ以外にもさまざまな発見のある小説なので、ご一読を薦めたい。

本を読み終えてすぐにぼくは「タンゴはひとりじゃ踊れない」(4/24)というブログを書き「自分のホームページで反論する」と言っていた新井さんの「反論」をまだ読めずにいることを新井さんに語りかけた。
新井さんのホームページには「マンダーランド通信bbs」という掲示板がある。
ぼくのブログに一日13万近いアクセスがあったころ、この掲示板に南風椎のブログを読むように勧めた書き込みが相次いでいた。数日後管理人氏は「ネット落ちします」と宣言して、管理をやめ、アップデートされなくなり、以来ひと月半放置されたままだった。
それが「タンゴはひとりじゃ踊れない」を書いたまさにその日に、掲示板がまるごと閉鎖されてしまった。理由はわからない。

同じ日のブログでぼくは新井さんにtwitter上での対談を申し入れた。
3週間待ったが、返事はまだない。


                     (続く)





一周年

2010.05.06 Thursday

お祝いが届いてはじめて気がついたのだけど、5月3日にこのブログはオープン一周年を迎えていた。一年前、もう少し遅い時期にオープンする予定だったのに、忌野清志郎さんの訃報を聞き、どうしても彼にお礼を言っておきたくて始まったブログだった。「忌野清志郎さん」という追悼日記で始まったことが、この一年間を象徴しているようだ。

その後会田晃さんを追悼し、ぼくの兄を追悼し、最近では沢田としきさんを追悼した。それぞれの命日のあたりには亡き父やジョン・レノンやジェリー・ガルシアに語りかけていた。勝新太郎さんに話しかけたこともあった。
こんなふうなブログになっていることに途中で気がつき、加藤和彦さんや森繁久彌さんへの追悼日記は自粛した記憶がある :-)

ついには『1000の風』と『千の風になって』という連載日記を始めて、想像を超えたとてつもない数の人たちが読みにきてくれた。この連載はまだ終わっていない。
『感謝する死者』の物語も広く伝わってくれたようだ。

      

京彩さん、お祝いの花、ありがとうございます。


                      (続く)



タンゴはひとりじゃ踊れない

2010.04.24 Saturday

新井満さん、お元気ですか?
まだこのブログを読んでくれていますか?

3月中旬の大騒ぎのころ、あなたと当時仕事をしていた朝日新聞の知人が「新井さんも南風椎のブログを読んでいる」と教えてくれました。そして「自分のホームページで反論する」とあなたが語っていたことも聞きました。
あれ以来あなたのホームページ周辺に注意をはらってきたのですが、一か月半たってもいまだに「反論」に出会えずにいます。
新聞、雑誌、テレビなど旧来のメディアから出てきて、インターネットという広大な地平であなたが何を語ってくれるのか、楽しみにしています。

もし適当な場をお探し中でしたら、twitter上ででも対談しませんか?
ご返事ください。



It Takes Two To Tango.

タンゴはひとりじゃ踊れない。



                    (続く)





池田香代子さん

2010.04.14 Wednesday

池田香代子さん、はじめまして。
この数日、池田さんのブログを経てぼくのブログを訪問してくれている人たちがとても多いのでご挨拶させてください。『1000の風』問題について「私は南風さんのきちんとした怒りに打たれました。ブログ全体のうつくしくて静謐なたたずまいからも、この方に肩入れしたくなりました」とおっしゃっていただいたことに感謝します。

池田さんのことは、もちろんよく存じ上げていました。
数か月前にぼくにしては珍しく講演/朗読会をやったとき、話の始まりに『ベルリン 天使の詩』のほんの一部を上映させてもらいました。ヴィム・ヴェンダースの素晴しい映画です。あの字幕を担当されていたのが池田さんでしたね。全編が一編の詩のように美しい翻訳でした。
    

『世界が100人の村だったら』の本の記憶も鮮明です。
ぼくも実は92年に出した150部限定の『アートワークス』に、
   もしこの世界が人口1000人の村だったら
   60人が全収入の半分を持っていき
   500人は飢えていて
   600人はほったて小屋に暮らしていて
   700人は文字を読めない
と書いたTシャツを作って入れました。勝新太郎さんの作品を紹介したブログで、彼の絵の横に写っている黒いシャツがそれです。
95年にこの全文を読み、作ったダネラ・H・メドウズさんとも連絡がとれ「たくさんの人たちに知ってもらうのが目的です。自由に翻訳出版してください」という返事をもらい、涙ぐむほど感激したものです。
残念ながらぼくはいろいろあって出版にこぎつけられませんでしたが、のちに池田さんが素敵な本にして広めてくださったのを知りました。印税のすべてを難民救済事業に寄付されたことにも非常に感銘を受けました。

    

15年ほど前の、東京にいたころのぼくの仕事部屋です。
壁の地球のポスター(Value Earth)の裏面に『もし世界が1000人の村だったら』の全文が書かれていました。
長くなりそうなので、お礼とともに今日はこのあたりで。ありがとうございます。
ネット上とは言え、お知り合いになれてうれしいです。


                    (続く)





sponsored links
プロフィール
本名・長野眞
フライ・コミュニケーションズ代表

1948年生まれ。1971年上智大学を卒業後、新聞記者、コピーライターの仕事を経験し、シカゴに留学。帰国後「日本国憲法」(小学館)を共同編集したことで本を作る楽しさを知り、北山耕平とともにフライ・コミュニケーションズを設立。斬新でユニークなアイデアと感性で、数多くの作品を企画、編集、執筆する。2009年世界にたった一冊の本をつくる「ニュー・グリーティングブックス」のHPを開設。10年間横浜の小さな森の中で自然とともに暮らし、現在は鎌倉の海辺で閑かな日々を過ごしている。
NEW GREETING BOOKS

NEW GREETING BOOKS

再誕を、あなたの手で。
ご存知のグリーティングブックスが
ニュー・グリーティングブックスとして、生まれ変わります。
こんどは、世界に一冊だけの本。
本に新しい生命を吹き込むのは、
あなたです。

Twitter、Facebookもお楽しみください!

fb.png
最近のエントリー
アーカイブス
カテゴリー
search.png


コメント
ブックスタイトル
南風椎の代表作を紹介します
スケルトン・キー―グレイトフル・デッド辞典
スケルトン・キー―グレイトフル・デッド辞典 (JUGEMレビュー »)
スティーヴ シルバーマン,デイヴィッド シェンク
リンクス
アザーズ
qrcode