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2016.01.17 Sunday

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元気ですよ

2014.10.15 Wednesday

ご心配をおかけしてます。
このところずっと「お見舞いにいきたい」「顔を見るだけでいいので」などのメッセージを山のようにもらっていましたが、おひとりも返事をしていません。
返事をしてそれぞれやりとりが始まると大変なことになってしまうからです。

ぼくがもう死んでしまうのではないかと思っている人もいるようです。
だいじょうぶです。ぼくはまだ死にません。
ぼくが「癌治療」をやめて放置する方法を選んだのは早死にしたいわけではなくて、その方が長生きできると信じてのことです。

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ただ片耳が聞こえにくいので、お会いして話をするのがしんどい状態なのです。
返事を出していないことをお許しください。
長い間ブログを書いてませんでしたが、これからはもっと頻繁に書きます。
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お好み焼き

2014.09.15 Monday

今のぼくはベッドからほとんど出れない状態だ。
大好きな材木座海岸にも行けない。FBに萬屋常連の雨宮さんや大東さんが材木座の写真を毎日のっけてくれているのがうれしい。

大東さんはわが家のすぐ近くに住んでいる。
神戸から単身赴任している人で、ときどきお好み焼きを作って届けてくれる。
これがめちゃくちゃに美味いのだ。

写真では味を届けられないけどほんとうに美味い。
想像してください。

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一日一個のニンニク

2014.09.12 Friday

今のぼくはニンニクを食べたほうがいい、と学生時代の友人が大量に送ってくれた。
からだを温めるのにニンニクがいいそうだ。

そこで焼きニンニクやニンニク入りのスープを作ってもらって毎日食べている。

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一日一個のリンゴは医者を遠ざける、と昔から言われるね。
一日一個リンゴを食べれば健康になる、という教えだ。

毎日ニンニクを食べるようになって学んだことがある。

一日一個のニンニクはすべての人を遠ざけるね。:-)
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クリスチャン・ホソイ

2014.08.08 Friday

デザイナーでサーファーでもある白谷敏夫さんがこんなことを書いてくれたこともあって、NICIOKAに関する日記には多くの人たちが集まってくれた。

この話はニシらしい。ニシの才能を昔から理解してくれていて、メジャーの世界にアーティストとして送り出してくれた友人のひとり。長野さんからのニシ名言二つ。

ニシオカがぼくを撮ってくれた写真が出てきたので紹介したい。
ずいぶん前だけど小坪港近くの食堂で撮った写真だ。

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左が南風椎で右がクリスチャン・ホソイ
Photo by Nici from the magazine "CYBORG"

ぼくの隣にいるのはクリスチャン・ホソイ。
あの夏は毎日のように東京のぼくの事務所にやってきて一日中絵を描いていた。当時ぼくは材木座の友人のアパートを共用していたので、この写真の日もアパートの窓から材木座の夕焼けを一緒に眺めた。
クリスチャンがどういう人間か興味のある方はぜひ検索してみてください。
彼の波乱万丈の人生を描いたドキュメンタリーDVDは晩年のデニス・ホッパーがナレーターをやっています。
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NICIOKAのこと

2014.07.28 Monday

デビルマン、デビルドッグ、ザップなどの名で若いころから伝説となってきたが、ぼくはニシオカと呼んできた。そんな西岡昌典が死んだそうだ。
湘南のサーファーやボーダーたちの間で彼の名を知らない人はいない。

最近、糖尿病の合併症で入院したと聞いて見舞った。何年も会ってなかったし、見舞うことも伝えてなかったのだけど、部屋に入っただけで「ナガノさんがきたことは匂いでわかったよ」と言っていた。その後左膝から下を切断したときも訪ねた。「これまで世界で最年長のスケートボーダーだったけど、これからは世界最初の義足のボーダーになれるね」と言うと「アメリカには両足が義足のボーダーがいるよ」と笑っていた。
義足ができてリハビリをしている病院にも訪ねた。話しているとき病室に役所の人たちがふたりやってきた。障害者になるニシオカに話があるようだった。そのうちのひとりが胸にバッジをつけているのをニシオカは見逃さなかった。
「あんたはナントカ部長かも知れないけど、おれはあんたの部下じゃないんだから、この部屋ではそんなバッジは外せよ」部長はあわててバッジを外していた。

ニシオカのこんなエピソードはたくさん知られていると思う。
ずいぶん前だけどぼくはニシオカが運転する車の助手席に座っていた。ご存知のように鎌倉は道が狭いのであちこちで道を譲りあわなければいけない。そのときの対向車の男が怒鳴ってきた。「どけよ。こっちは仕事で急いでるんだよ」
ルーフにサーフボードを積んでいたニシオカは怒鳴り返した。
「おお、こっちは遊びだよ。仕事は遊びより偉いのか? 金儲けしてるだけだろ? 協力したら金を分けてくれるのかい?」
対向車は黙って道をあけ、ニシオカは車を進めた。

声はでかいし、態度もでかい。
日本社会ではトラブルメーカーとしか思われないだろうね。
でもぼくにはナントカ部長や対向車の男こそトラブルメーカーであって、ニシオカが言うことはいちいち理にかなっていたと思う。

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あのね、この世界は絶対誰かの気持ちが作ったもんなんだ。だから俺は俺の状況を自分で作る。リアリティってそういうもんだよ。たとえ体はやられても、俺のヴィジョンはやられてない。俺、殺されても死なないもの。

 ------- 写真と文『ザ・ブック・オブ・ローニン』(1986年)より

30年つき合ってきたニシオカの話はまだまだ書き足りない。
実を言うと彼が死んだなんて実感がまるでない。
ほんの数週間前に電話をくれたばかりなのだ。
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癌細胞たちとの優雅な暮らし

2014.07.22 Tuesday

前回の日記で「癌」の告白をしたところ、FBその他で驚くほど大量の「祈り」と「励まし」をいただきました。
ありがとうございます。繰り返し読んで、元気をもらっています。
癌細胞と闘わず共存を目指していくと決めたぼくに「からだにいいもの」を推薦してくれた人たちもたくさんいました。ジェイソン・ウインターズのお茶、ビオトーワというビタミン、丸山ワクチンなどなどなどなど。
「癌治療」はしないと決めたのだから、これらのアドバイスをみんな試してみようかな。
そんなアドバイスのひとつとして最近とりいれたのが「ういろう」です。
 
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実はぼくは小学五年のとき三か月だけ児童劇団に入っていたことがあります。そのときに暗唱するように言われておぼえたのが「ういろう売り」という口上でした。
「拙者親方と申すはお立ち会いのうちにご存知のおかたもござりましょうが」
に始まる長くて難解な口上ですが、半世紀以上たった今でもほとんどを記憶しています。
 
半世紀前のぼく自身に薦められたかのように「ういろう」を毎日ボリボリかじってます。
癌細胞たちとの共生生活はこんなふうにゆったりと始まっています。
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「あなたは癌です」

2014.06.26 Thursday

「あなたの顔の左半分が癌です。切り取ったら顔の半分に縦に大きな傷が残ります」
と、医者に言われてしまったのだ。

昨年の夏から左の鼻の穴から鼻水が出るようになっていた。鼻風邪をひいたのだと思っていたら、そのうちに左の耳が聞こえにくくなってきた。

大病院で検査を受けた。大掛かりな機械を使って何日もかかった。
それぞれ待ち時間が異常に長くて、検査だけで身も心も弱りきってしまった。

いつかもし自分に癌宣告が出ることがあっても、癌治療(切開、放射線照射、抗癌剤)は受けないと前から決めていたので、医者にはその場でそう答えた。

癌は治療せずに放置しておくのが一番いい、と言っているお医者さんたちも多くて、ぼくも共感していたからだ。
癌細胞は闘う相手ではなく、共存する相手だと思った方がいい。

というわけで治療はせずに、様子を見ることに決めた。
あとは自己治癒力を高めるためのライフスタイルを整えていかなきゃ。

ごく簡単にご報告しましたが、この話はもう少し続けます。

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顔の半分に縦に大きな傷が残る、と聞いてぼくが思い浮かべたのは丹下左膳の顔だった。林不忘の名で長谷川海太郎が書いた小説で、映画化されたりして大ヒットした。
長谷川海太郎もここ鎌倉材木座に住んでいたんだよね。

ぼくが癌だと知って、ご心配をおかけすると思います。
顔に痛みがあるわけじゃないし、顔が歪んだりしているわけでもありません。
ただからだはまだ弱っているので、お会いしたりできませんし、できればお電話もご遠慮ください。
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元気になりたい

2014.06.06 Friday

元気が出ない。
このところさっぱり元気が出ないのだ。

理由ははっきりしているので、近々ここでも報告します。

ぼくはあまり肉食をしないのでたまに肉食をすると、なんだか体にエネルギーが満ちてくるのを感じる。そこでカツ丼を食べに行った。
鎌倉駅近くに「竹扇」という古くからのそば屋がある。
(実はあの店で一番うまいのはカツ丼なんだよ)という情報を萬屋さんコミュニティで得ていたので、最初にきたときもカツ丼を頼んだ。今回もカツ丼。
おいしいのだけど、ぼくはとても全部は食べきれなかった。

   

元気になりたいなあ。

元気に跳び回るあの黄色のキャラ、ふなっしーのように、ぼくも南風椎(はえっしー?)とか名前を変えて、元気に飛び跳ねられるようになれるといいな :-)
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『1000の風』その後

2014.05.07 Wednesday

GW中は過去のブログに人が集まってくれたようだ。
5月2日の忌野さんの命日には『忌野清志郎さん、』という日記。
5月3日には『日本国憲法 前文』という日記。
(いつのまにか驚くべき数の人が「いいね!」を押してくれている)
『前文』はたぶんこの一年間くらいの数字じゃないかと思うのだけど、ザ・モッズの『森山達也のために』の日記への反応はわずか数日間のことだったのでびっくりした。

そして『1000の風』の連載もたくさん読んでくれた。2010年の9月まで25回の連載をしたけど、その後は(新井さんからの連絡もないし)中断したままになっている。
人を集めた理由がなにかあったのだろうか?

実は3か月ほど前に『1000の風』は第2版が出た。初版は21刷まで出て、今回は出版社の都合でカバーに四角い穴があいていない体裁になっている。

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中身は変わっていない。
2010年に『千の風になって 紙袋に書かれた詩』(ポプラ社)という本が出て、エリザベス・フライという女性がこの詩の原作者であると断定されていた。イスラエル在住の著者井上文勝さんが来日されたので2回お会いした。
どんな話をしたのか詳細を書くのは避けるけど、ぼくの本『1000の風』はこれまで通り「原作者不明」のままで続けることにしたので、第2版も変わっていない。
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わが家のキューバ革命

2014.04.18 Friday

ガルシア・マルケスが亡くなったというニュースを聞いた日に、こんなタイトルの日記を書くことになるなんて。

ぼくは喫煙家だ。
煙草にかぎらず、焚き火、囲炉裏その他、煙がもたらしてくれるもろもろの「煙文化」に冷たい時代であることは十分知っているので、非喫煙家がいる場所では吸わないよう心がけているし、外出するときも煙草をもって出ないよう心がけている。
家でひとりでふかしてリラックスしている。

しかし日本産の煙草はセシウムの含有量が多いというニュースはショックだったな。
セシウムを吸ってるのかと思うとリラックスもできないじゃないか。

そこで入手したのが100%キューバ産の煙草『チェ』だ。チェ・ゲバラの『チェ』だね。無添加無香料であるのもうれしい。

以前『スケルトンスモーキング』という日記にも書いたけど半年ほど禁煙したこともあり、禁煙はそんなに苦労はしなかった。またやめるかもしれない。
それまではしばらく『チェ』と付き合うことになる。

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プロフィール
本名・長野眞
フライ・コミュニケーションズ代表

1948年生まれ。1971年上智大学を卒業後、新聞記者、コピーライターの仕事を経験し、シカゴに留学。帰国後「日本国憲法」(小学館)を共同編集したことで本を作る楽しさを知り、北山耕平とともにフライ・コミュニケーションズを設立。斬新でユニークなアイデアと感性で、数多くの作品を企画、編集、執筆する。2009年世界にたった一冊の本をつくる「ニュー・グリーティングブックス」のHPを開設。10年間横浜の小さな森の中で自然とともに暮らし、現在は鎌倉の海辺で閑かな日々を過ごしている。
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こんどは、世界に一冊だけの本。
本に新しい生命を吹き込むのは、
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